夏のフランスで、いちばん不思議な現象のひとつは何かと聞かれたら、私はこう答えると思います。
5月の終わりごろから、フランス人がいっせいにロゼを飲みはじめる、ということ。
冬のあいだ、ロゼなんて視界にも入っていなかった人たちが、ある日を境に、まるで合言葉でも交わしたかのように、レストランでロゼを注文し、スーパーでロゼをカートに入れ、友人を招くときには冷えたロゼを差し出すようになる。
これは誇張ではありません。実際、フランス人が一年に飲むワインのうち、3本に1本近くがロゼ と言われていて、その消費の大半は夏に集中しています。世界でいちばんロゼを飲む国民は、たぶんフランス人です。
それなのに、ロゼについて真剣に語る人はあまりいない。ボルドーやブルゴーニュの赤ワインなら、フランス人は時間を忘れて語りますが、ロゼについては「夏だから」「軽いから」「冷たくて美味しいから」――そのくらいで会話が終わってしまう。
でも、これだけ大量に消費されているものに、本当に語るべきことが何もないなんてことが、あり得るでしょうか。

「赤と白を混ぜたもの」だと思っているなら、それは間違い
まず、いちばんよくある誤解から片付けておきましょう。
ロゼは、赤ワインと白ワインを混ぜたものではありません。
フランスでは、これをやることは原則として 禁止されています(シャンパーニュ地方のロゼ・シャンパーニュだけが例外的に認められている、特殊なケースです)。普通のロゼで赤と白を混ぜたら、それはもう「ロゼ」と名乗ることすら許されない。
ではどうやって作るのか。基本的には、黒い葡萄を使って、ごく短い時間だけ皮と一緒に発酵させる のです。赤ワインは皮と一緒に長く発酵させて深い色を引き出しますが、ロゼは数時間から1日程度で皮を取り除く。そうすると、薄いピンクから濃い桃色まで、あの繊細な色合いが生まれます。
つまりロゼは、赤ワインの「途中で止めた版」 なのです。最後まで進めず、ちょうどよい瞬間で手を引く。この「進みすぎない」という選択そのものが、すでにとてもフランス的だと、私は密かに思っています。

プロヴァンスという、ロゼの首都
世界でいちばん有名なロゼは、フランス南東部の プロヴァンス(Provence)で作られています。
地中海に面した、オリーブとラベンダーと松の木の土地。ここで作られるロゼは、驚くほど薄いピンク色 をしているのが特徴です。グラスに注ぐと、まるで桃の花びらを溶かしたような、淡い、透明感のある色。フランス人はこの色を「rose pâle(淡いピンク)」「rose saumon(サーモンピンク)」と呼び分けて、その繊細さを楽しみます。
プロヴァンスのロゼがこんなに薄いのには、理由があります。夏の太陽の下で、冷えたものを飲むため に最適化されているからです。重すぎず、甘すぎず、香りが強すぎない。冷蔵庫から出して、すぐにグラスに注いで、テラスで友人と何時間も話しながら、ゆっくり飲める。
ちなみに、ロゼは大きく分けて二つの世界があります。
ひとつは、いま言ったプロヴァンス系の rose pâle――軽やかで、塩っぽい海風を感じるような味。もうひとつは、ロワール地方の rosé d’Anjou(アンジューのロゼ)などに代表される、やや甘めで濃いピンク のロゼ。前者は食事と一緒に、後者はアペリティフや軽いデザートと合います。
「ロゼなんてどれも同じだろう」と思っていた方、ここから少し世界が広がります。
“rosé” という言葉の、控えめな美しさ
ここで、いつものように言葉の話を少しだけ。
rosé という単語は、rose(バラ、またはバラ色)からの派生です。rose は名詞でも形容詞でもあって、英語の “rose” と同じく、花の名前と色の名前を兼ねています。
そこに -é という語尾が付くと、「バラ色を帯びた」 という意味になる。動詞 roser(バラ色にする、ほんのり染める)の過去分詞からの形容詞化です。フランス語のなかで、-é で終わる色の言葉には、不思議な共通点があります――doré(金色を帯びた)、argenté(銀色を帯びた)、cuivré(銅色を帯びた)、nacré(真珠色を帯びた)。どれも、純粋な色そのものではなく、「その色のニュアンスをまとった」 という意味です。
つまりフランス語にとって rosé とは、「バラ色」そのものではなく、「バラ色のほのめき」 のこと。少し控えめで、断定的でない、奥ゆかしい表現なのです。
ワインの名前がこの言葉でつけられたのは、偶然ではないと思います。ロゼは、赤と白の中間にあって、どちらでもない曖昧な存在。ピンク色「そのもの」ではなく、ピンク色「のような何か」 ――この言葉の繊細さが、あのワインの性格をそのまま映しています。

なぜ夏になると、人はロゼを欲しくなるのか
ここからが、私がいちばん面白いと思っているところです。
ロゼが夏に集中して飲まれるのは、もちろん「冷たくて軽いから」という現実的な理由があります。でも、それだけではないと思うのです。
赤ワインは、暖炉と、毛布と、長い夜と、語り合うことを思い出させます。冬のワインです。白ワインは、もう少し透明で、洗練されていて、儀式的なところがある。レストランで、シャツに皺ひとつなく、グラスを傾けるワインです。
ロゼは、そのどちらでもありません。
ロゼは、プールサイドで、サンダルで、髪が少し乱れていて、お喋りが止まらない夜のためのワイン です。フォーマルでもなく、深刻でもなく、ただ気持ちのいい時間を「気持ちのいいまま」延長するための飲み物。
フランス人はこれを vin de plaisir(プレジールのワイン、楽しみのためのワイン)と呼ぶことがあります。学ぶワイン(vin de connaisseur、玄人のワイン)でもなく、自慢するワイン(vin de prestige、格式のワイン)でもなく、ただ純粋に 楽しむため のワイン。
そして、夏という季節は、このプレジールという感覚に、もっとも素直になれる季節なのです。
ヴァカンスが始まる。仕事のことを少し忘れる。日が長くなって、夕食が9時に始まり、デザートを食べるころに空がやっと暗くなる。テーブルの上では、誰かが冷えたロゼのボトルを開ける。最初の一杯で、夏が本当に始まったと、みんなが感じる。
これが、ロゼという飲み物が、フランスの夏に持っている、ほとんど 儀式に近い役割 なのです。
どうやって楽しむのが正解なのか、なんて気にしなくていい
最後にひとつ、もしあなたがこの夏、ロゼを試してみたいと思っているなら、ひとつだけお伝えしておきたいことがあります。
ロゼに、難しいルールはほとんどありません。
赤ワインのように「肉に合わせる」「常温で」「年代を読む」――そんな儀式はいりません。ロゼは、よく冷やしてください。それだけです。10度くらい、つまり冷蔵庫から出してすぐの温度がいちばん美味しい。
合わせる料理も、ほとんど何でもいいのです。サラダ、魚、白身肉、ピザ、すし、しゃぶしゃぶ、果物、チーズ――ロゼはこれら全部と喧嘩しません。それがこのワインの最大の強みです。選ぶ必要がない、間違えようがない、構えなくていい ――これがロゼの本当の魅力。
私の知っているプロヴァンスの友人は、よくこう言います。
「ロゼはね、考えるためのワインじゃないんだ。考えるのをやめるためのワインなんだ。」
このひと言ほど、ロゼという飲み物の正体を言い当てた言葉を、私は他に知りません。
夏が来ます。冷えたロゼのボトルを一本、用意してみてはいかがでしょうか。
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