フランス人にとって9月が「本当の新年」である理由

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フランス人にとって、1月1日よりも「新年」らしい日がある。9月の第一週だ。

毎年この感覚を味わう。1月の新年は、正直に言うと、少し疲れる。大晦日のシャンパンが残り、家族との過密なスケジュールが終わると、あとは寒いだけの1月が続く。それに対して9月。パリの街を歩いていると、空気が変わるのが分かる。人々の歩く速度が少し速くなる。カフェのテラス席でだらだらしていた人たちが、急にジャケットを着始める。本屋のウィンドウに新しい本がぎっしり並ぶ。何かが「再開」される空気。

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フランス語でこれを「ラントレ(la rentrée)」と呼ぶ。

語源を引くと、この言葉の本質が見えてくる。rentrerはre-(再び)とintrare(入る)の合成。つまり「再び入る」「戻る」。名詞形のrentréeは、そのまま「戻ること」「再開」。夏のあいだ空っぽだった場所に、人々が戻ってくる。この語の響きには、休暇の終わりの寂しさよりも、再開の力強さが込められていると思う。

フランスの9月は、ひとつの「ラントレ」ではない。いくつもの「ラントレ」が同時に起こる。

一番よく知られているのは、もちろんラントレ・スコレール(la rentrée scolaire)。学校の再開だ。フランスでは新学期が9月の第一週に一斉に始まる。日本の4月入学とは季節が逆だが、儀式の重みは同じくらいある。子どもたちは新しい鞄を買い、新しいノートを買い、新しいクラスに入る。スーパーマーケットの8月末には、文房具コーナーが巨大化して、親子連れが真剣な顔でノートを選んでいる。この風景は毎年変わらない。

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ここで少し意外な語源の話をしたい。「学校」を意味するécoleという言葉だ。これはラテン語のscholaから来ているが、さらに遡るとギリシャ語のscholē(スコレー)に行き着く。意味は「暇」「自由な時間」。つまりもともと「学校」とは、労働から解放された時間に、自由に思考を巡らす場所だったのだ。古代ギリシャ人にとってscholēは「義務がない状態」だった。そこで哲学の対話が生まれ、知識が交換された。ローマ人がこの言葉をscholaとして輸入し、意味が「自由な時間」から「学ぶ場所」へと徐々に硬化していった。

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この語源を知ると、ラントレ・スコレールという言葉が少し面白く見える。「自由な時間」への「再入場」。子どもたちがそれを喜んでいるかどうかは別として。

実はフランスの9月にはもう一つ、世界でも類を見ない「ラントレ」がある。ラントレ・リテレール(la rentrée littéraire)。文学の再開だ。

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これは日本では想像しにくい現象だと思う。フランスでは毎年9月、出版社が一斉に新刊を書店に並べる。それも数冊ではない。年によっては500冊以上の小説が同じ月に出版される。パリの本屋を歩くと、テーブルの上に山積みになった新刊が所狭しと並んでいる。秋の文学賞、ゴンクール賞やルノドー賞の候補作はこの時期に出版された本の中から選ばれる。だから出版社は9月に勝負をかける。

友人の書店員に聞いた話だが、9月の彼は「地獄」だという。開梱、棚卸、レイアウト変更が毎日続く。それでも彼はこの時期が好きだと言った。「本が街を支配する月だから」。パリで本が街を支配する。9月以外にそんな月は、たぶんない。

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ラントレ・ポリティーク(la rentrée politique)という言葉もある。政治の再開。国会が再開し、政府が新政策を発表し、テレビの討論番組が再び熱くなる。夏のあいだ、フランスの政治ニュースは信じられないほど静かになる。8月には主要な新聞が「何も起きていない」という状態を埋めるための特集記事ばかり並ぶ。それが9月に突然、再開する。

この静寂と再開のコントラストは、フランスの夏休み文化そのものを反映している。vacances(ヴァカンス)という言葉の語源を引くと、ラテン語のvacare。「空であること」「空いていること」。夏のあいだ、パリの街は文字通り空になる。住民の多くが南へ、海へ、田舎へ去る。8月のパリは観光客には快適かもしれないが、地元民にとっては幽霊都市だ。レストランは閉まり、boulangerieは「夏期休暇」の貼り紙を貼る。

そして9月、人々が戻ってくる。vacare(空であること)からrentrer(再び入る)へ。空っぽだった場所が満ちる。

日本の読者にはこの感覚が伝わりにくいかもしれない。日本にもお盆休みはあるが、あの徹底した「都市の空虚化」はフランスの8月ほど極端ではないと思う。パリの8月と9月の差は、まるで別の国に引っ越したかのようだ。

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この「再開」の感覚は、消費の面にも表れる。ラントレの時期、フランス人は新しい靴を買い、新しい服を買い、新しい文具を買う。以前このnoteで書いた「ソルド(soldes)」の記事で触れた「モワン・メ・ミュ(moins mais mieux)」という考え方、「より少なく、よりよく」買うという哲学は、ラントレにも適用される。新しいシーズンに向けて何かを新調する。でもそれは大量買いではなく、一点に絞る。新しい秋のジャケットを一着。新しいペンを一本。ラントレの消費は儀式的だが、節度がある。

同じように、ラントレは「ソワニエ(soigné)」の感覚が戻る時期でもある。以前書いたフランスの薬局の記事で触れた言葉だが、「手入れが行き届いている」「きちんとしている」という意味。夏のあいだ、誰もが少しリラックスしすぎていた髪も、肌も、暮らしも、9月に「きちんと」戻る。薬局のスキンケア売り場が9月に少し忙しくなるのは偶然ではない。

ラントレが終わると、もう秋だ。日が短くなり、栗が市場に並び、ワインのグラスが白から赤に変わる。そして次のラントレまで、また一年が回る。

フランス人にとって1月1日の新年は、カレンダーの上の出来事に過ぎない。本当の「新年」は、rentrerという動詞が告げる日だ。再び入る。再び始まる。空っぽだった場所が、また満ちる。

その日が、もう来ている。

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